こんにちは!

エンドラインの初代看板娘のいしたにちゃんです!

 

前回は、入社した頃について書きました。

『インターンから取締役になるまで vol.4(社会人1年生)』はコチラ

 

今回は入社1年目に起こった出来事を振り返ってみます。

 

【あれ?広告会社に入ったのに!?】

当時のエンドラインは、屋外広告業を軸に、WEBコンサル・セミナー事業なども行っており、

多角化経営をしていました。笑

入社1年目の11月、とうとうこんな事業にも手を出すことに・・・

 

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なんと!

うどん屋さんを始める事になりました(笑)

※社長が飲食やってみたかったとかで・・・(笑)

 

会社から徒歩で25分ぐらいの野間四つ角の地で、

「おうどん居酒屋 大正倶楽部」オープン!

今では、あちこちでよく見かける「うどん居酒屋」ですが、

8年前の当時は少し珍しかったかも!?(流行先取り!?)

 

特製辛みそうどんを名物として、

昼はおうどん、夜は缶詰をつまみに飲める居酒屋として運営していました^^

 

 

私は絵や文字を書くのが好きなので、

こんな感じで手作り店内POPを作成したり♪

 

 

昼は広告営業ウーマン、

夜はおうどん居酒屋の看板娘?

として働いていました!笑

ばっちり事業計画書も作成されていたんですよ!!笑

事業コンセプトや・・・

5年後のvisionまで・・・

 

私自身は、毎日夜店に出ていたわけでは無かったので、

結構楽しく働いていました^^笑

昼はBtoB、夜はBtoCで、また違った楽しさや、やりがいがありました。

 

 

 

しかし、会社は疲弊していきました・・・

社長は毎日夜も店に出ていて、かなりハードだったと思います・・・

社長の奥さんも毎日おでんを大量に作って下さったり、店に出て頂いたり、

本当に当時の山本家は大変だったと思います・・・

 

そして、入社1年目の冬、

唯一の営業の先輩が退職・・・

 

※笑顔ですが・・・笑

 

入社2年目2012年5月31日

約半年でうどん屋さんは閉店しました。

 

入社当初からなかなか激動の1年となりました^^笑

 

しかし、自社店舗でのぼり旗を使用し、集客したノウハウは

今でも大きな財産となっています!!

 

ここからエンドラインは多角化を辞め、

「屋外広告」一本に集中していくのでした・・・

 

 

vol.6へ続く・・・

石谷莉沙

初代看板娘兼取締役 石谷莉沙

平成元年、炭鉱の街、福岡県飯塚市で、2人姉妹の長女として生まれました。
幼少期から近所の友達と外で遊び回るのが大好きな元気っ子でした!
そして、小学生の頃に出逢ったバスケットボールにどっぷりハマり込み、小・中・高・大と部活でガッツリ鍛えられ、現在でも週2回練習に参加しています。