こんにちは。

エンドラインの江下です。

 

私は今年の7月でエンドライン10年目に入りました。

今回は、「様々な部署での経験やその経験からくる働くとは」という内容で

書いてほしいと言われましたので、

10年目を迎えて振り返りながら書きます(^▽^)/

 

【エンドラインと私の出会い】

私がエンドラインに入社したのは、2009年7月。

その前年のリーマンショックの影響で就職難だった中の採用でしたので、

ありがたく二つ返事で入社しました。

 

私の元々の仕事は、『経理』です。(今もそうですが・・・)

入社時から『出荷担当』もありましたが、

小さな会社ですし説明を受けていての入社でしたので、

経理の仕事ではないということは特に気にも留めず毎日梱包梱包・・・。

いかにお客様に商品をきれいな状態で送れるかを考えながら行っていました。

 

2009年秋:何に使うか知らずに受話器を持っていました(笑)

 

【そんな時に起きた悲劇】

その年の9月、

セミナー事業が始まりました。

 

普段の広告業と併せてセミナーへの勧誘を行っていた営業マンたち、

歯車が間違った方向に狂い出します。

そして、その年の年末、翌年3月、営業が一人ずつ辞めました。

エンドラインは2年目を迎えた営業マン一人だけになりました。

 

そして、その2年目の営業マンも5月にいなくなりました・・・。

 

私の仕事は増えだします・・・。

それまでの仕事に加え、

辞めた人が行っていた、リスティング広告の設定、簡単なWEB更新、

もちろんセミナー事業もあります。

 

営業は代表の山本しかいないので、顧客フォローはできません。

私やデザイナーが電話をかけることとなりました。

私の仕事は増えてます。

 

そして、社員を増やすべく応募をかけると何十人もの応募が来ます。

今では考えられませんがリーマンショック後数年はそんな感じでした。

当然応募者の対応、面接にも加わりました。

 

【エンドラインに続く第二の悲劇】

応募者も増え、やっと決まった、営業マン。

未経験でしたが、「頑張ります!!」の言葉に断るつもりだった

山本が心を打たれての採用でした。

 

しかし、その「頑張ります!!」は10日で消えました・・・。

 

営業マンは社長しかいない、エンドライン。

当然、売上も下がっていきます。

 

【ここでおきるエンドライン一の最大の危機】

そうして、石谷が入社したりと社員が4人になり、

売上も少しずつですが右肩上がりになってきたころ、

エンドラインの一番のビッグチャンス(いえ、最大の危機)が訪れます。

『うどん居酒屋大正倶楽部』のオープンです。

 

オープンはたしか年末に近いころです。

忘年会で書き入れ時なので手伝いに回され

私は毎日、雪の中でも1駅分自転車に乗ってお釣りを私に行きました。

 

しかし、計画性のない飲食店のオープン。

『うどん屋居酒屋大正倶楽部』は半年足らずで閉店しました。

 

それからのエンドラインは、

地道にお客様とのぼり旗に向き合い、社員も少しずつ増え今に至ります。

 

【そんなエンドラインの経験によって・・・】

そんなエンドラインで様々なことをしてきた私にとって、

様々な経験ができたことには感謝しています。

多少のことでは動じなくもなりました。

 

しかし、逆に一つのことを突き詰められていないことには

残念に思っています。

 

ものごとはプラスもマイナスにもどちらにも成りえます。

どんな事態でも受け入れ、

改善していくことが仕事をするという事なんだと思っています。

 

高校の時の校長先生が、

全校集会のたびに締めくくりの言葉として言っていたことが2つあります。

 

『置かれた場所で咲きなさい』

 

『念ずれば花開く』

 

エンドラインでの私の立場は『置かれた場所で咲きなさい』です。

企業で働くということはそういう事だと思います。

 

あなたは『置かれた場所で咲いていますか?』

 

私の次の目標は『念ずれば花開く』です。

これはまだ実現できていないように思います。

 

どのように念ずるかも私次第です。

人生は自分のもの。

 

経理&全部:江下

江下

営業事務・問合せ対応・総務・経理…と、デザインとお外で営業すること以外はだいたい首を突っ込んでいます。
将来の夢は可愛いお嫁さんです(笑)そのためにエンドラインでバリバリ働いて、仕事を頑張る旦那様を心から理解できるように日頃から準備しています!! ※旦那様は募集中です(笑)